It's gone !
Massieとアメ〜リカ
野球少年だったMassieは、悪ガキに成長すると共にアメ〜リカに興味を持つようになる。
そのきっかけはなんと言っても『メジャー・リーグ・ベース・ボール[MLB]』に尽きるのだ。
後に、[MLB]を含めて[NFL・NBA・NHL]のアメリカ4大スポーツがだぁーいスキ!になってしまった。
この4大スポーツのチーム名の頭には必ず地名(HOME)が付いている。[N.Yヤンキース]のように・・・
おかげでアメリカの地理には、随分と詳しくなった。その分行って見たいところが沢山あってもう大変!
青年へと成長したMassieが始めに手掛けたのは、ベース・ボール・スタジアムを制覇しよう!
いったい、何都市に行かなあかんのやろ?アメリカってでっかいよなー?
のん気なMassieは、とりあえず『ヤンキースタジアム』まで行って考えよう。いざNew Yorkへ・・・
初めての海外一人旅、二十歳前のMassieにはあまりにも衝撃が強すぎた。
今では、伝説?と化している地下鉄の落書き。何が壁画じゃ!どこがアートじゃ!汚いやんけ!
地下鉄の中はお化け屋敷より怖い!ヤバイ!臭い!とんでもない3拍子!(20年前の事ですが・・・)
くそぉー、耐えてやる。球場まで着いたらなんとかなる。アメリカのガキかて観に来てんねんから・・・
「はぁー、やっと着いた。」「ガラの悪いのには、慣れっこじゃ!」・・・とひとりイキがる。
「オレはな、大阪球場、日生球場、藤井寺球場で観てんねん。」・・・とカラ元気。
なんちゅう駅じゃ!デッカイ黒人ばっかりやんけ!めっちゃコーワイぞ!(当時黒人には馴染みがなかった)
あっ!親切そうな白人のおっちゃんみ〜つけた。「すっ、すんまそん。」
「アイ・ウォナ・ゴーーーBACK !! トゥ まんはったんです。」「ハウ・トゥ・帰り方は?」
おっちゃんは「$30でええよ。」との返事・・・おい白タクかいな、はよ言えよ「チップはずむでぇー」
てなわけで初日は、『ヤンキースタジアム』から一目散に逃げ出したのが懐かしーい。
悔しいからホテルのテレビでMLB観戦する事に、それはN.Yで初めての夜だった。
初めて耳にしたのは
マンハッタンの夜景でも眺めながら・・・と思っていたのだが、
何が悲しいって安ホテルは背が低くてなんにもみえない!!聞こえてくるのは車のクラクション♪
いろんな意味で悔しいのでテレビとにらめっこ開始。(当時は日本でほとんどMLBの放送がなかった気がする・・・)
なんかちゃう、やっぱちゃう?アナウンサーが楽しそうに英語でしゃべってる。
ひとつひとつのプレイを確かめながら、日本のアナウンサーやったらきっと今、こんなこと言うてるんちゃうかな?
・・・などと考えながら英語に聞き耳を立てていた。
これイケてんちゃうん!と思えるフレーズがあるわあるわ。
ホームランが飛び出た時はこんな感じ、「バイ・バァ〜イ!」
ちょうど試合が接戦で、延長戦に突入した時にアナウンサーが、
「ここはブロード・ウェイ?選手がカーテン・コールに応えております。」・・・だって。
ちなみにその昔、N.Yメッツの優勝がかかった決戦の日の天気予報は、
「今日のN.Y地方の天候は晴れ、夜は所により紙ふぶきが舞うでしょう!」と言ったとか?
さて問題のフレーズ、それは決勝のソロ・ホームランを打った瞬間だった。
「ワァーオ!・・・イッツ・ゴォーン!!!」・・・妙に耳に残ってしまった。
あ〜あ、行ってもうた、時すでに遅し、ジ・エンド・・・って感じなんでしょうか?
さらに、「本日の脚本はサヨナラ・ホームランの○○選手でした。」・・・と。
機会があれば、二ヶ国語放送の時は英語で聞いても面白いかもよ?
「It's gone !」このフレーズが、その後アメリカの生活で度々耳にすることになろうとは・・・
初めて突っ込まれたのは
初めてのN.Yから17年後のN.Yであのフレーズを思い出させてくれた人がいた。
あんなにヤバイ!と思ってた街なのに、毎年のように遊びに行くようになっていた。
もちろん『ヤンキースタジアム』なんてへっちゃらさ!!
だってベース・ボールを愛する仲間が集まって来るんだから。
夜遊びも面白い、クラヴにLIVEハウス・・・秘密のお店など。
ハーレムだって問題なし、行きつけの服屋さんにソウル・フードのお店も出来た。
もう地図なんていらない、地下鉄やバスの路線地図も必要なし!!
Massieの中では第二の故郷と思えるぐらい馴染んできた。
今では、友達もたくさん住んでいる。なぜかアヴェニューA.B.C辺りに多いけど・・・
それだけイースト・ヴィレッジの外れが楽しいのかな〜???次はいつ行こうかな。
なんだかんだ言っても危険?な街なのに、落とし穴が全く見当たらない。
まぁ、世の中こんな油断から事件を巻き起こす事が多いのだ。
そしてMassieも例に漏れず、いわゆる『ポカ』をやってしまったのだ。
BANDのメンバーと一緒に遊びに行った時の事だった。
N.Yでは夜な夜なLIVE!を見に行くなど、かなりエンジョイ・モードで過ごしていたのだが、
次の目的地、N.Mアルバカーキーに向かうための、N.Yラガーディア空港で事が起きた。
時間待ちの為、のん気にカフェでお茶をしていたら、お金持ちそうな日本人商社マンが話しかけてきた。
「皆さん旅慣れてそうですね。私なんていつも社用車の移動ばかりで、何にもわかってない・・・」
うちのBANDのメンバーがMassieを立ててくれてこう言った、
「コイツがいるから安心なんです。電車やバスも結構楽しいもんですよ!任せっきりなんです・・・」
それからいろんな街の情報交換などを済ませた頃、商社マンが「私、時間なんで・・・」と席を後にした。
それから10分程してBANDのメンバーが「なぁ、Massie。俺らの飛行機って何時?」
「あっ!忘れてた。あと3分!!・・・てことは走れー!」
なんとなく物静かなゲート前に到着、でもカウンターにブロンドのおねーさんがまだ二人いる。
チケットを見せながら、「あの〜、この便なんですけど・・・」
花・花より上手なハーモニーであのフレーズを、「It's gone !」・・・あらー、乗り遅れちゃった!!
荷物だけ飛んで行っちまった。でもおねーさんが5時間後のチケットを用意してくれた。
♪ああーよかったな、あなーたがぁいてー♪(当時この曲はありませんでした。)
電車やバスに乗れても飛行機に乗れんかったらシャレならんでぇー。
♪あーあ、憧れのNew York City !!♪ 20年後の今年何かが起こる・・・きっと。
初めて叫んだのは
マサカとは思っていたが、Massie自身があのフレーズを使う事になろうとは・・・
まだ記憶にも新しい1999年の出来事であった。
テキサス州のエルパソからメキシコのファレスに徒歩で渡った所で起こった。
この頃のMassieは、お店の仕入れも含めて年間の4分の1ぐらいをアメリカで過ごしていた事になる。
またもやN.Y時代と同様、生活に油断とスキが生まれ出した頃とも言える。
・・・がしかし、今回は危険予知が裏目に出たケースとも言えよう。
メキシコ=危険?の方程式が頭から離れず、現金で$50だけ握り締めて国境を越えた。
こんな時に限って欲しいモノが湧き出て来るんだなー。
やむを得ずカードでキャッシング。なんてこたーない、毎日してることさ。と思いきや、
ナッ、ナンテコッタイ!!キャッシング・マシーンは英語ではない。
たぶんこれはスペイン語だっ!しまった!お国が違えば言葉も違う。
すでにカードはマシーンに突き刺さっている・・・トライしてみるか?
英語の時と同じ用にやればきっと大丈夫。落ち着けMassie。
・・・がいきなり、「なんて表示してるか読めましぇ〜ん。」
適当にボタンを押してたらマシーンが音を立て始めた。ギィー、グゥィー、ガチャン?
ん・・・カードがない。マシーンに食われた!!
「It's gone !」・・・もう一回叫んだる、「イッツ、ゴ〜〜〜ン!!!」
カード犯罪が多発するこのような地域では、ちょっとのミスでも自動的に取り上げられてしまう。
むかついたMassieは、もう一枚のカードで再チャレンジ。
数分の間にスペイン語が解読出来る訳もなく、二枚目の没収となりました。
この日三度目の「It's gone !」が、メキシコの街に空しく響いた。
カードがなくなり手持ちが$50を切ったMassieは、翌日にあえなく強制帰国。
あとで気づいたのだが、横に英語を選択出来るボタンがあった。
皆さんも食いしん坊マシーンには、くれぐれもお気をつけて・・・